● | 市長随想 平成23年3月 | 
|
− 散歩 − 毎朝の散歩を日課としている。天気のよい日には、家から市役所まで歩いて通勤することも多い。公務などで多忙なときほど、運動不足解消のためにも歩くことを心がけている。 散歩の楽しみ、目的は、人それぞれであると思うが、私は、昭島の街並みの変化を発見したり、四季折々の自然の姿を味わったりできることに喜びを感じながら歩いている。時間があるときには、立ち止まり、出会った人と会話をすることも大きな楽しみの一つである。 毎年3月を迎えると、散歩の楽しみが一段と大きくなる。柳などの木々が芽吹き、梅や桃、たんぽぽが咲き始め、鶯の鳴き声が聞えることもある。大地が暖まり、冬眠をしていた虫が穴から出てくるのが啓蟄。日の出がどんどん早くなっていき、春分を迎える頃には、家を出る時刻も益々早くなってくる。 今日は、どんな出会いがあるだろうか、どんなことを発見できるだろうか、自然はどんな姿を見せてくれるだろうか。さあ、出発だ。 |
|
● | 市長随想 平成23年2月 | 
|
− 成人式 − 今年も成人式に出席した。毎年、出席する度に新成人たちに伝えたいと思うことが二つある。 一つは、成人後の人生は、それまでと比べ、驚くほど時間が早く進むと感じること、もう一つは、これからは何事にも責任が求められるということ。 「少年老い易く、学成り難し」、「光陰矢の如し」という言葉を後からしみじみと思うのではなく、今から心に留め、一日一日を大切に悔いの残らない二十代を過して欲しい。そして、「成人する」という意味を自覚し、何事にも責任を持って、自身の将来を築いて欲しい。新成人たちの笑顔を見ながら思い、願うのである。私が成人式を迎えたのは昭和39年であったから、もう45年以上の月日が経過しているが、この思いは年々強くなっていく。 成人の日の趣旨は、「おとなになったことを自覚し、みずから生き抜こうとする青年を祝いはげます」(祝日法)ことである。 私にとって毎年の成人式は、青年たちの人生がすばらしいものになることを心から願い、そのためのまちづくりへの誓いを新たにする新年の儀式である。 |
|
● | 市長随想 平成22年12月 | 
|
− ありがとう − 私たちは感謝の気持ちを「ありがとう」という言葉で表現する。地域で活躍いただいている方に、また、懸命な仕事の遂行に対し、その他ちょっとした心配りを受けたときなど、様々な場面で心を込めてこの言葉を伝える。忘れがちになってしまうが、いっしょに暮らす家族や毎日仕事を共にする人たちのような自分にとって最も身近な人たちにこそ、伝えるべき言葉であると思う。更には、私たちを取り囲む自然など生きとし生けるものに対しても、感謝の気持ちを忘れずにいたい。 感謝の気持ちを伝えることで、自らの心が豊かになり、相手との信頼感も深まっていく。感謝の気持ちを家庭から職場へ、そして社会へと広げていくことは、健康・健全で元気なまちづくりにつながっていくと信じる。 今年もとても多くの人たちに支えられ、師走を迎えることができた。ありがとう。 |
|
● | 市長随想 平成22年11月 | 
|
− 辞書 − 辞書をいつも手の届くところに置いておくことにしている。初めて見たり、聞いたりした言葉の意味や使い方を調べるときはもちろんだが、普段何気なく使っている言葉でも、改めてその用法を確認したいときなど、辞書は自分にとって欠かせないものである。調べていくうちに言葉の周辺に自然と目が行き、その言葉の背景や歴史、隠された意味を知り、時には、以前にそのページを開いたときの思い出がよみがえる。 いつも使用している小口が黒ずんだ辞書がそばにあると安心し、自分の分身であるかのような愛着感を覚える。正に、生涯の伴侶となる一冊である。 一家に一冊、一人に一冊、欠かすことのできない一冊であればこそ、家族や友人に感謝するように時として辞書に感謝しながら、秋の夜長に、読書や執筆を続けていこうと思う。 |
|
● | 市長随想 平成22年10月 | 
|
− 読書 − 読書に求めるものは、未知の世界を知る喜びや感動である。最初は、書物に書かれた思想に呑み込まれ、書き手の説や考えに染められるという感じを覚える。しかし、しばらくすると自分の考えとの違いに気づき始める。また、既に自分の中にある考えが別の角度から引き出され、それを確認する中で、今の自分自身の考えを肯定したり、書き手の考えとの差異を自覚したりする。読書の醍醐味は、書き手と自分との考え方の差を求めることにあるといえよう。 読書によって新しい思想や知識に触れることができ、それについて考える機会が得られる。正に、書物は、未知の世界に誘(いざな)ってくれる良き友人であり、知人との会話を楽しませてくれる良きパートナーである。「読書は新しい知人を得ることに等しい。」(ゲーテ) 読書の秋、どの本を手に取ろうか。 |
|
● | 市長随想 平成22年9月 | 
|
− 魔法 − 「魔法使いの先生が外出している間、掃除をしなければならない弟子が、ほうきに魔法をかけ水運びを手伝わせた。最初はよいのだが、魔法を解くことができなくなり水運びは止まらず床一面に水があふれんばかりになり、弟子は途方に暮れてしまった。そこへ魔法使いが帰ってその魔法を解く。」 フランスの作曲家ポール・デュカス作曲の交響詩「魔法使いの弟子」である。この物語をウォルト・ディズニーが1940年アニメ映画「ファンタジア」に転用し、ミッキーマウスが魔法使いの弟子役を演じ、一躍有名になった。 現実の世界には魔法はない。人は知恵と努力によって生きていかなければならない。一人ひとりができることを最大限することで、地域社会が発展する。そこにお互いが助け合うよい環境が出来上がる。そのことを理解、実践した上で、夢を見ることは人生にとって大切なことだ。お互いが自らの夢の魔法を追いながら。 |
|
● | 市長随想 平成22年8月 | 
|
― 三つの宝 ― アフリカ大陸で初めて開催された「2010FIFAワールドカップ南アフリカ大会」が閉幕となった。日本代表チーム=サムライ・ブルーの予選リーグ突破はもちろんだが、自国の威信をかけたアスリートたちの真剣勝負には心の底から感動を覚えた。 スポーツのすばらしさは、「練習や試合を通じての技術・体力の向上」、「勝つことのうれしさ」にあることは誰もが認めよう。しかし、同時に、いや、それ以上にすばらしい要素がスポーツには含まれている。 今上陛下の家庭教師であった小泉信三博士がいわれたことだが、スポーツは「三つの宝」を与えてくれる。すなわち、「練習の体験」、「フェアプレーの精神」、「友」。練習によって不可能が可能となり、正しく、潔い、礼節の心が養われ、チームメイトやライバルとの真の友情が芽生える。 「三つの宝」は、現在の日本社会に必要なこと、そのものではないだろうか。スポーツなどの生涯学習を通じ、その精神を学びながら、健全なまちを創っていかなければならない。 |
|
● | 市長随想 平成22年7月 | 
|
― 誓い ― 元東京都知事の故鈴木俊一氏の東京都葬に参列させていただいた。 氏は、昭島の地で生まれ、幼少時代を過ごし、東京帝国大学法学部を卒業。内務省に入省後、希代の行政官として、我が国の地方自治制度をつくり上げ、東京オリンピックと大阪万国博覧会の成功にも尽力された。その後、東京都知事として「マイタウン東京構想」を掲げ、21世紀を見据えた世界都市・東京の土台を築かれた。 氏は、我が国の地方自治の発展のために、その生涯を捧げてこられたと申し上げても過言ではあるまい。偉大な先達の生き方、業績を思い、地方自治の確立と発展を願う一人として、改めて、精一杯の努力を傾注していくことを誓う。合掌。 |
|
● | 市長随想 平成22年6月 | 
|
― ことば ― 人間はこの世に生を受けたときから、実に多くの人に取り囲まれて成長していく。親、兄弟姉妹、友人、先生など年を重ねるにつれ、その数は増していく。そして、年を経るに従い、それぞれの人々との交流の中で、膨大な言葉が自分に投げかけられてくる。特に注意しなければならないのは、こうした多くの言葉の中から自分なりの言葉を探していかなければならないということである。それは、こうした他者からの言葉かけにより、自分のイメージのかなりの部分が作られるからである。 であればこそ、その時々の自分の言葉を模索しつつ、更に自分なりのイメージを作り出すことを大切にしていきたいものである。 |
|
● | 市長随想 平成22年5月 | 
|
― 今 ― スイスのチューリッヒに近いスタンツの町で、ガラスの破片を拾い歩いていた人が、警察官に誤解され、しかられた。その後、誤解が解けて町の人々が彼の隠れた善行を知り、みんなで協力して町を美しくしたことは、スイス生まれの教育者ペスタロッチの伝記に必ず書かれているエピソードである。 禅僧にまつわる話もある。禅僧が弟子を連れて庭を歩いていると、禅僧は落ち葉を拾い袂(たもと)に入れた。それを弟子が見て「おやめください、後ほど誰かに掃かせますから。」と言うと禅僧は、「後ほどでは庭がきれいにならない。今一枚拾えばその分だけ庭がきれいになる。」と言った。 私たちは、つい「後ほど」片付けようとすることが多く、その結果最悪の状態になることがある。後回しではなく、目の前にある一つのことをすぐにやる心構えが大切である。 |
|
● | 市長随想 平成22年4月 | 
|
― 愛されるまち ― 昭島市が誕生して56年になる。この半世紀余の間、多くの人々の手により、明るく健康で元気なまちづくりが進んできた。 今からちょうど200年前、ピアノの詩人といわれたポーランドの作曲家ショパンが誕生した。その魅力ある曲は200年を過ぎた今も人々に愛され続け、多くの人の心を魅了してやまない。 では、200年前の昭島に暮らしていた人々の心はどうであったろうか。それはショパン同様にこの地を愛する気持ちであったろうと思う。逆に、これから200年後の昭島市は、ショパンの曲のように住む人々の心をとらえ、愛されているだろうか。今後語り継がれるまちにするためには、今を生きる我々が未来をしっかりと見据え、真剣に生きていかなければならない。 |