Hi,あきしま第40号
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北陸新幹線6都会で暮らす私たちにとって、遠く離れて暮らす老いた両親の健康状態や暮らし向きなどは、気がかりなものである。親の介護が必要になる時は、遅かれ早かれやってくるものだ。そんな時、自分の仕事や生活を大切にしながら親を見守り介護していくには、どうしたらよいのだろうか。介護が必要となる前から考え、準備した方がよいのではないか。今回は、遠距離介護が抱える問題に焦点を置いて考えてみたい。変わる介護のかたち遠距離介護というと、昔はかなり遠方に通っているケースを指していたが、最近では近郊などでも離れて暮らす親の介護という捉え方をする人もずい分多くなってきた。介護をする人も20年前は専業主婦の人がほとんどだったが、今は仕事をする女性も多くなった。兄弟の数も又減ってきている。介護の担い手も男女の区別がなくなり男性も積極的に介護にあたっている。介護施設では「介護男子」の魅力で、職場のイメージアップを図ろうとしている。10年後には、介護職と呼ばれる人たちが28万人不足すると言われている。それに伴いサービスを受けられない「介護難民」が、続出するのではないかという危機感も生まれている。先日某政治家が、「地方には、余裕が見られるから、地方への移住もよいのではないか」と言っていた。都会の高齢者にとっては、難しい問題に思われる。親が長寿になり介護する人の年齢も高くなり、「老々介護」という言葉も生まれたが、逆に孫世代が介護している様子もテレビで放映されている。一方、若いときに親が倒れるケースや、若年性認知症を患うケースもある。全く前途多難である。₁₈年以上の遠距離介護私も遠距離介護に携わっている一人だ。私の故郷は、美しい富山湾と、壮大な立山連峰に囲まれた「富山市」である。今は、北陸新幹線の開業で賑わっている。そこでは、96歳になった母が独りで暮らしている。頭はもちろん、目や耳や足腰もしっかりしているが、老いが目立ってきた。そんな母が気にかかり、毎朝電話で母の声を聞いている。「夕べあなたの夢を見たよ」と言われると、飛んで行きたい気持ちになる。母の元に行くと、寒天で作る郷土料理「ベッコ」を作ってくれる。私もよく作るが、まだまだ母の味には、届かないのだ。先日、母が転倒して肩を骨折した。それから、いたる所に手摺りをつけている。私の体験  ―18年以上の富山への遠距離介護「離れて暮らす親の介護」家族の理解と協力―

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