どうして昭島にクジラなの?
ページ番号1010181 更新日 2026年1月25日
200万年前、昭島市は海の中だった
約200万年前、昭島市の辺りは海でした。今では想像もつきませんが、かつてこの辺りには多くの海の生き物が生息していました。近海を好む種類のクジラ達は、海の浅瀬だった昭島のあたりを、仲良く悠々と泳いでいたのではないでしょうか。
あるとき、一頭のクジラが海底に横たわり、目を閉じて永遠の眠りについたのです。
クジラの身体は、食いちぎられたり激しい海流に流されたりせず、比較的早く砂などの堆積物に覆われたようです。化石となったクジラの骨は、幾多の地表の隆起などの地殻変動や火山活動の熱の影響を受けずに静かに眠り続けました。
そして約200万年後、眠っていた昭島の多摩川河川敷で、ついにその姿をあらわしたのです。
現在の昭島は東京都のほぼ中央で、東京湾までは約40キロメートル。標高も海抜100メートルほどの場所に位置していますが、200万年前の昭島には海岸線があり、半分が陸、半分が海であったと考えられます。
海であったところには多くの海の生き物が生息していました。アキシマクジラの化石とともにサメの歯や魚や貝の化石が発見されたことが、それを物語っています。
また、陸上にもアケボノゾウやシカなどの生き物がいて、海の中を含め多くの生き物が、生まれては死んでいくを繰り返してきました。
この中で早期に堆積物に埋もれるなどして、ほんの一握りの幸運なものだけが化石として保存されます。
さらに埋まった後も、幾多の地表の隆起などの地殻変動や火山活動などで、地層が移動してばらばらになったり、高い温度や圧力を受けて化石自体が失われたりするため、さらに幸運な化石のみが残存できるのです。
アキシマクジラも亡くなったばかりの好条件とその後の劣悪環境にも耐え、離れ離れになることもなく一定の地層にとどまり、奇跡的に化石として昭島で発見されたのです。
いつ、どのように発見されたの?
発見された場所は、多摩川河川敷JR八高線多摩川鉄橋の11番橋脚の下流約36メートルの地点です。
昭和36年(1961年)8月20日の昼過ぎ、当時、昭島市立玉川小学校の教諭だった田島政人さん(故人)と、長男の芳夫さん(当時4歳、朝日町在住)が、夏休みを利用して親子で貝や魚の化石採取と飯ごう炊さんをするため訪れていたときに発見しました。
砂利採掘により露出した河原の地表から、化石の先端(長さ10センチ、幅3センチ)が露出しているのを発見。付近を観察すると十数メートルにわたり化石の痕跡である小穴も見つかりました。
大型の化石と確信し、化石を岩で隠し帰路につきます。百科事典などで調べましたが分からず、数日間、現場に通ったり専門書を読みあさったりしたそうです。同僚に相談し、教育委員会職員と現場を確認後、専門家を呼び8月28日より発掘が始まりました。
発見当時の詳しい記録は、下記リンクからご覧ください。
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