廣福寺
ページ番号1011260 更新日 2026年1月24日

廣福寺 住職 白川 宗昭さん
1363年に開かれたという廣福寺は、昭島市の歴史と文化そのもの。このお寺の住職は、さまざまな形で街の水にまつわる歴史や未来を語り続けています。
歴史ある寺から昭島史を伝える
市指定天然記念物の大松や庚申塔、二千年蓮などが境内にあり、昭島市の歴史を今に伝える廣福寺。このお寺で生まれ育った白川さんは、歴史の研究者でもあります。大学では日本史と古文書学を学び、卒業後、鎌倉の建長寺での修行を経て廣福寺に戻ると、副住職や住職を務めながら昭島市史料調査専門員として、12年にわたり昭島市の歴史を調査・研究。「昭島市史」「国立市史」「杉並区史」などの編集、執筆を手掛けました。
現在も、昭島市文化財保護審議会委員、また教育委員として、廣福寺だけではなく昭島市全体の歴史を調査し、伝える活動をしています。
「中世には、水を求めて崖線や中州に人が住み着き、集落ができ、そこに寺が開かれていきました。ここは福島という町名ですが、かつては多摩川の中州にあって、中州を「島」と呼んだことから「福島」という地名が付いたと考えられます。昭島市が水辺から発展していった街であることは間違いありません」。
流れるように昭島の風土と歴史について教えてくださる白川さん。住職として歴史ある寺を守り、専門家として街の歴史を語る、希有な存在です。
多摩川と清水は昭島の財産
廣福寺の境内にも、かつては湧き水が出ていました。「私が子どものころは寺のすぐ近くに共同水場がありました。崖下から清水が湧き出て流れてくるんですが、お米をとぐのは流れの一番上。おしめを洗うのは下。流れの中にいる沢ガニを捕ろうとして、「流れに入ると水が濁る」と、おばあさんたちに怒られていました(笑)」。水道のない時代には、湧き水のある場所が生活に欠かせない場所であり、人が集まる場所だったのです。
一方で氾濫して洪水を起こすこともある多摩川は、住民にとって脅威でもありました。市内には、第六天魔王をまつるほこらがいくつかありますが、これは洪水を鎮めるためのものだとか。「宮沢の辺りには水神さまもまつってありますよ。水は、信仰文化との関わりも深いんです」。豊かな水を運ぶ多摩川は、暴れると怖いけれども、なくてはならないものとして、人々の暮らしと文化を育んできたようです。
「あきしまの水」の未来
現在は、水道から「あきしまの水」が供給され、以前とは違った意味で水が豊かになりました。
白川さんは、本堂で坐禅や写経などの会を開くほか、音楽や講談などを盛り込んだイベントも開催しています。「最近は団体や会に所属しなくても参加できる、気軽なイベントが人気ですね」。現代の潮流を見ながら、地域と深く関わる白川さんには、「あきしまの水」の今後についての思いがあります。
「世界には、水が乏しい土地もあります。昭島が水に恵まれていることに感謝して、きれいな水の保ちかたなどを世界へ発信したいですね。それから、水をテーマにした公園をつくるのはどうでしょう。水が流れていると防災につながり、子どもも遊べます。その近くに「あきしまの水」で淹れたコーヒーが飲めるカフェなどもあるといい。そんな夢を若い人たちにつなぎたいです」。知と人が集う廣福寺から、水の未来が広がっていくようです。
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